設計料 童心
- tanukihouse0218
- 5月5日
- 読了時間: 5分

コンペの資料漁りに...と思ったんですが本命の本は見つからず、気になった雑誌を購入。
「設計料」どうしてる?
設計事務所なら気になるのでは。
私もかなり気になりますし、どう表記したら良いものか時々思います。
たぬき建築設計室も実は非常に悩んでいる所でして。
今の所、工事費の10%としていますが0からの住宅では下限を2,000,000円にしたりと。
一番オーソドックスな設定かと思います。
今月の商店建築ではここにフォーカスが当たっててなかなか面白かったです。
10%、高いと思いますか?
額面だけで見るとすごい金額に思えますが、それなりの苦悩と責任も請け負うわけでして。
0を1にしたり、1を10にする「仕事」や「活動」はそのあたりの理解が難しく、
芸術方面だと更に難しくなりますね。
建築士の場合は国交省の告示にて報酬基準が公開されており、指針となるので
まだいいと思います。
この告示もまともに計算すると10%どころではなくもっと跳ね上がるようです。
この手の考える仕事は常に仕事している感覚です。
といっても私は好きでやってるんですが。
私の場合はまだまだ若手も若手。15%に見合う仕事をしているか?
といわれると、うーん?となることから15%にはしませんでした。
ただ妻から
「いつまで初心者やってんの?」
と言われた事で気づかされることも多く、考えも変わりました。
いままでは安請け合いをしたことも多々ありましたが...というより安請け合いしかしてません。
そうなると思う事や責任の所在が気持ちの面で不安定になってしまい、よくないなと教訓となりました。
先日打ち合わせで工務店様と見積を提出させて頂いたお客様からはうれしいお言葉があり、
「ちゃんと利益のせてますよね?いつ契約させてくれるんですか?」
こんなにうれしい言葉はありません。初めて言われたように思います。
私たちの価値観を理解していただいた上、大事に考えてくださるという事、
言葉の重さにもっといい提案をしたい。更にディティールを考え抜いてあげたい。
という気持ちになります。
恐らくそのディティールに気付くのは竣工後5年10年たってからかもしれません。
それでもその時
「あっ、こうなってたんだ。綺麗だねこれ」
と感動し、喜んでもらえる様更に勉強していきたいですね。
何より、同業他社に見られたときに恥じぬ仕事をしたいです。
ディティールにはそういう思想思念が宿ると思います。
何度も言いますが、間取り屋ではないのです。
話変わって...。
復帰後の直近2件連続して「提案そのまま」が受け入れてもらえる喜ばしい事に。
今までと何が違うのかと考えたのですが
実はあまり要望を聞かない事
が関係しているのか?なんて。
憶測ですが。
もちろん根底にある要望は聞くのですが、ある程度の可変性をもたせた上で
根底を大事に自分の解を提出。
最近の新築2件はこのパターンです。初回打ち合わせに立ち会ってもいません。
あまり聞きすぎると普遍的で、インスタの例でいいんじゃないの?
チャッピーの方がまともな間取りつくるで!
なことになるのはわかっていたんです。
たぬきさんっぽい感じで
と頼まれるように精進していくしかありません。
ビルダーズの方は木造大規模リフォームの件が入りそうだったのでつい。
が、なんと中村好史さんのリフォームも乗っておりました。
現役では堀部安嗣さんと並んで好きな建築家です。
コンペの件
忙しくなってしまいなかなか進まず。
ただ、根底のコンセプトは...。
山本理研さんが割と過激な事を最近つぶやいてますがとっても賛同できる内容なんですよね。大阪万博は見に行きたかったですがw
今回の理念はかなり近いです。
というかそもそも建築自体、そうあるべきといった理念です。
集合住宅という経営モデル、複合施設もしかり。
どうしても高額な土地に対し、目いっぱいの容積率消化で採算利益優先をとれるようにするのはわかります。
わかりますがそれでいいんでしょうか。
そうすべき所はそうすべき、そうでない都市モデルの場合の設計者はその都市に落とし込む責任をしっかり全うすべきだと思います。それは自己満足や自己実現なんてもってのほかで
デベロッパーの言いなりになることとも違います。
ある程度の採算性は大事であり、立ち行かなくなるのは本末転倒ですからね。
そのうえで...私が東京都某区に集合住宅として建築する場合、何を落とし込むか。
最近の息子を見て思う事があります。



GW、家で仕事をしているとどうしても外に行きたいアピされてしまい、
外へ散歩へ。その時の。
公園でいいじゃん。
そう。それはそう。
ところが東京都某区にはそれらしい公園が近くになく、あっても簡素な公園。
子供が喜ぶ動線や目線ではなく、バイオフィリックには程遠い。
建築でそれを落とし込めたら。
更に集合住宅では特定の層だけでなく、本来は様々な層がいた方が健全ではないかと思っています。なかなか現状の隣人感覚では難しいかもしれませんが。
また、在宅ワーク化、働き方の多様化から家内部や外の喫茶店のほかに、中間域やバッファ、そういう所の需要も増えているように思います。
昨今では本来の意味ではない多様性という言葉が独り歩きしていますが、
多様性、持続可能性、この辺りは絶対に落とし込めないとこれからの集合住宅や施設は都市を破綻させかねないのでそのあたりアピールできれば。
真面目な話が続きましたが、
息子の遊び方をみていると、この目に見える世界への柔軟な考え方に驚愕です。
かつては私もそうだったのでしょうが...。
こういう視点、取り戻したいですね。





コメント